心地よい音
みゆきちゃん(工藤みゆき)
人や車が行き交う喧噪の街を離れて、10年が経った。
あの頃は、夏の初めの夕暮れ時になると、暴走族が「ボォンボォンボォンボォーン」「パラリラパラリラ」と爆音を立てて表通りを蹴散らしながら走り去っていくのが恒例だった。便利さと引き換えに何かを失っていく気がして、今の場所に移り住んだ。
時々、野鳥のさえずりが聴こえたり、公園にエゾリスをみつけたりするとほっとする。
春にはキツツキが「トントントン……」と心地良い音を周囲に響かせる。ドラミングというそうだが、1秒間に20回も突くというのだから驚く。しかし、静かな場所も冬の降雪時期になると、深夜、除雪車が入る。「ガァーガァー」「ザーザー」という音を寝静まった住宅街に響かせる。道路に積もった雪は、瞬く間に削られ平らになっていく。「ピッピッピッ」と方向転換を繰り返しながら。私はこの作業を見るのが好きだ。寝不足になってもつい見入ってしまう。
8月中旬、所用で旭川へ行った。帰りの高速道路で、トイレだけの簡素なパーキングエリアに立ち寄った。トイレの裏手にうっそうと茂る林の中から「ジージージージージー」と、途切れなく大音量の蝉の声が聴こえてきた。懸命に生きる小さな虫に、元気づけられた気がした。鳴いていたのは少なくともミンミンゼミではないな……などと考えながら帰路に着いた。
音についてたどっているうちに、遠い昔の記憶が蘇ってきた。
小学生の頃、母がコーラスグループに入っていて、練習用にプレーヤーと楽譜がいつも手の届くところに置いてあった。それらを引き出しては、繰り返し聴いたり歌ったりしていた自分の姿を思い出した。当時を振り返って口ずさんでみたら、色々な曲のメロディが次から次と浮かんできた。「気のいいアヒル」「泉のほとり」、「雪山讃歌」「銀色の道」「トロイカ」「フニクリフニクラ」など。レコードはおそらく男性ボーカルグループのダークダックス。4人の個性的なハーモニーがなんとも素敵だった。大半が外国民謡で歌詞から情景を想像するのも楽しかった。
楽器を弾いている時間は、自由で開放的だ。娘が中学・高校と吹奏楽部でトロンボーンを吹いていた。ある時、「トロンボーンの音は人の声に近いんだよ」と教えてくれた。のびやかで柔らかい音だからそんな気がする。象の鳴き声を表現すると聞いたが、楽器の世界も面白い。
50代半ばに、楽器を弾く楽しさをもう一度味わいたいと思い、手軽で素朴な音のオカリナを習い始めた。数回、地域の文化祭などでお披露目をしたが、両親の世話で忙殺され練習も頓挫し、今は悲しいことに箱にしまわれたままだ。世話が一段落してきた頃、心機一転、昔から憧れていた“ウクレレで猫の恩返し「風になる」を弾く”という小さな夢を実現したくてウクレレを習い始めた。ところがコロナで教室に通えなくなり、冬に腕を痛め中断している。人生はままならないと思う。だが調子を見ながら、今度は動画で練習を再開しようと決めた。楽器は断然、自分で奏でた方が楽しいのだから……。
眠れない夜には、焚き火のパチパチと爆ぜる音や炎の動画を見てから眠る。どうして焚き火の音を聴いているとこんなにリラックスできて無心になり、いつまでも見たり聴いたりしていられるのか不思議な気がする。
以前、落ち着く音について少しだけ調べたことがあった。その時に出てきたワードが「f/1ゆらぎの音」、別名「ピンクノイズ」。パワーが周波数fに反比例するゆらぎっていわれても、専門的でピンとこない。難しいことはおいておく。
焚き火の音や炎だけではなく、ろうそくの火、小川のせせらぎ、木々のそよぐ音、打ち寄せる波の音など……。動画検索すると色々出てくる。便利な時代だ。モーツァルトの楽曲「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」も当てはまるらしい。クラシック音楽はどちらかというと寝てしまいたくなるのは、そのせいだったのだろうか。人の声に癒されることもある、好きな歌手であったり、素敵な声の主の声優であったり。
自分にとっての、ゆらぎの音をみつけるのもいいかもしれない。■
コメント
「雪山讃歌」「銀色の道」「トロイカ」は賛成! 子供なのに『人生大変だぞ』、っていう曲になぜか惹かれた。