野村川湯YH ニッポン漂泊記 | 野村川湯YH 野村川湯ユースホステル

ニッポン漂泊記

ニッポン漂泊記

高田さんに会う
ために〈上〉

 

| 梨次郎って誰だぁ

やたらと蒸し暑い、文月も半ばを過ぎた猛暑日の宵の口。

大宮宿の街道筋に、雀斑(そばかす)の目立つ、まん丸顔の男が立ってた。

 

この男は、皆から梨次郎と呼ばれ、あまり多くの尊敬を集めてはいなかった。

梨次郎の家は、武蔵国・狭山村の、東京ドーム5個分の茶畑のド真ん中にあって、祖父母と兄の4人で暮らしていた。兄は、桃太郎といい、国中の人々から慕われ、人望も厚かった。もちろん梨次郎は、梨の実から産まれてきた。しかし桃太郎とは異なり、鬼退治をするなどの、危険が伴う行動は好まず、いつも安定を求めていたし、正義感もほとんどなかった。

先ほどから梨次郎は、健脚であり、力自慢の家来たちの到着を待っていたのだ。

この夏には、「幸せの形」を探して旅するプランを立てていた、というと、意味ありげではあるが、もっと平易にいえば、涼しいところで遊びたい、のが眼目だった。

仮に、徒歩により、陸奥の国まで旅をすると、急いでもおよそ20日ほどもかかるだろうか。それでは、時も路銀も、ムダに多くかかってしまうのだ。

今夜、梨次郎がここに呼び集めた家来たちに早駕籠をかつがせ、寝ずに走らせれば、明日の早朝には、七戸インターに着くはずだった。それに、この家臣たちには、ほんのわずかな褒美さえ与えれば、喜んで忠義を尽くし、夜を徹して走り続けるだろうことも、したたかに見越していた。

| ふたりの家臣

告げた刻限はとうに過ぎているのに、どうしたことだ、と、少し梨次郎がイラつきはじめた時、着信音が鳴った。

家来のひとり、オバケは、すでに街道横のマックの前に到着したという。梨次郎は、宿駅の横に駕籠を止めているから、こっちに来いよ、と、すぐに返信した。

ほどなくやって来たオバケは、遠江国出身の、梨次郎との付き合いは古く、重用する家臣のひとりだ。国内外にしょっちゅう、ひとり旅をしていて、フットワークはこの上なく軽く、まあ、それなりに気立てもよい。やたらと長寿の家系に生まれ、播磨のキリンとは仲がよいようだ。

もうひとり呼び寄せた家来は、畿内の摂津国からやって来るネズミだ。ネズミなので躰は小さく、しかし、侮るなかれ胆力がある。好奇心は豊かで、食欲はいつも旺盛だった。それと行く先々での買い物が大好きなので、たくさんの袋に入った荷をかつぐのも得手としていた。かつて暹羅(シャム)にいるナガとつき会っていた、とかいう噂を、梨次郎がちょろちょろとリークしていた。

 

コンビニの朝餉を立ち喰うオバケ(右/大川教子)とネズミ(藤原夕歌里)。早朝の七戸町にて。2023年7月20日

 

ふたりの家臣がそろい、出立の前に、梨次郎が腰にぶら下げていた麻袋から、きび団子を取り出し、ネズミとオバケの掌にひとつずつ置いた。ネズミの手はモミジの葉よりも小さく、オバケの掌は、霞みたいにぼんやりとしていて、はっきりとは見えなかった。

きび団子を受け取ったふたりは、恭しく、平身低頭した。たったこれだけの褒美で、夜を徹して高速道路を駈けてくれるなんて、なんと、ありがたい。

オバケが轅(ながえ)の前側をかつぎ、「えんやこーら」といえば、後ろのネズミが、「どっこいしょー」と声を掛けあい、道中、きわめて順調に進んだ。梨次郎はといえば、まだ常磐道に入ったばかりというのに、心地よい揺れのなか、すでに居眠りをはじめていた。途中、サービスエリアで厠(かわや)休憩したり、うどんを食べ、茶を飲んだりしながら、陸奥の国へとまっしぐら、梨次郎一行の早駕籠は、土埃を巻きあげながら疾走した。

| 早朝の湯浴み

……東の空が、じわっと白みはじめる頃、ネズミが、梨次郎を揺さぶった。起きて下さい、そろそろ七戸に到着します、といいながら。速~い。しかも、ふたりの家来たちは、ちっとも疲れていないみたいだった。

うむ、……あい分かった。では、まずはここらで湯浴みでもして汗を流し、その後に、コンビニで朝餉を食すとしよう、と梨次郎はあくびをこらえながら、眠そうにいった。

玉勝温泉の休憩所で寝っ転がるオバケ。

番台の爺さんは、どっかへ行ってしまった早朝の玉勝温泉。

 

天間林村は、平成の大合併で七戸町へと名を変えた。

 

駕籠から外に出てみると、晴朗な、夏の朝だった。

まだ、朝の5時を過ぎたばかりというのに、青い森鉄道・上北町駅にほど近い玉勝温泉には、すでに地元の常連客たちがやって来ていた。

顎先まで湯に浸かって、じっと目を閉じている爺さんの皺くちゃな、浅黒い顔がてらてらしていて、実に美しい。天然温泉を掛流していても、それを声高にいわず、ちっとも気取っていない。大衆的な銭湯みたいな、上々の雰囲気の温泉場だった。

脱衣所も浴室も広々しており、なんとも心地よい湯屋だ。一度、温泉好きの下関(一柳 仁)をここに連れてきたい、とも思わせた。

 

紹介が遅れたが、オバケもネズミもメスなので、梨次郎とは別の女湯に入っているのは、いうまでもない、ここは混浴ではないのだし。

梨次郎は、熱めの湯に浸かったら、疲れが出たか、休憩所で、座布団を枕に寝っ転り、うたた寝をはじめていた。

 

ほどなく、火照って上気したオバケとネズミが出てきて、恐れながら、私たちは、これからどこへ参るのでしょうか? と、梨次郎に尋ねた。

もうすぐ近いのだが、これから天間林村(現・七戸町)の高田さんの屋敷に行くのだぞ。アポは10時なので、もう少しここで休息を取ってから向かうこととしようか、と、梨次郎は気怠そうにいった。■〈続く〉(わ)

 

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