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世界~ あの街ぶらぶら歩き  ナガサカ×オバケ 

連載 旅

初めてのガイコク
陽朔(ヤンシュオ、ようさく)/Yan-shuo(中国)
ナガサカ(長坂 肇)

 

■初体験の心の揺れ

「おばけとミイラのツーショット」! いいねー!!!

そのおばけが、前回のこの記事にて初体験を告白したので、アタシも告白しよう。

 

さて、アタシの初体験は遅く、27歳の時(1987〈昭和62〉年)だった。

ある日、友のから電話がかかってきて、安く中国に行けるから一緒に行こう、と。で、ほとんどふたつ返事をし、「じゃあ、行こう」ということになった。しかし、よく聞いてみると友のが結婚し、ふたりで最初の旅行というではないか。冷静に考え直すと、それって新婚旅行じゃん!

いくらアタシでも、そこまで図々しいことはできない(これから生まれてくるシホロやイブキ、アズミにも申し訳ない)、と思った。

……と思ったのに、他にもふたりの厚かましい男たちがついて来る、というではないか。ここでは名を伏せておくけれど、仮に「Sくん」と「Kンタ」として先に話を進めよう。

僕たちの世代は、まだまだガイコクなんて、遠い世界、高嶺の花の時代だった。

初めての旅、期待に胸膨らませて成田を出たのだ。友の夫妻、Sくん、Kンタ、アタシ、の5人で、いよいよ格安中国ツアーに参加した。

当時まだ英領の香港着。筆者の右肩に懐いているのは、友の夫人の純子ちゃん。

当時の中国は発展というには、程遠い共産国。香港から広州、桂林へと入れば、貧しい人民服姿の人々が、たくさんいた頃だった。自家用車なんてなかなか持てない時代でもあり、何年も働いてやっと自転車が買えるくらいの経済力だったと思う。日本の境遇、国力にありがたさを強く感じることにもなった。

 

なかでも、最も感動したのは、陽朔の町。

映画でしか見たことのないような世界が、目の前に広がっていたんだ。

市場の雑踏や騒めき、匂い、空気、埃、そして混沌。

ひと晩、船に揺られて、やっと広州着。左の、全体の景色から浮いてる「FREEWAY」のパーカー姿のヒトは、たぶんSくん。

中学生時代の、初めての北海道ひとり旅。それと同じくらいの心の揺れがあったかなぁ。初めて見るもの、経験するものって、やっぱりスゴい。

それと、自分がいるべき場所ではないところに、自分がいる自己陶酔もあったりして。ここで偶然、初恋の女の子に会ったりしたらすごいなー、って思ったり。(実際そんなところに初恋の女の子がいたら、怖いけど)

桂林から漓江下り。ウーロン茶缶のような景色が、すぐそこに拡がっているリアリティ。

そんなこんなで、とてもとても楽しく、充実した旅だったんだけど。

Sくんは世界中どこ行ってもあのまま……(途中、中国の公安に追っかけられた!)。

どこへ行っても、すぐに自分のペースにもっていくSくんは、たいしたもんだ。

Kンタはツアー参加の女の子に、やっぱりもてて……。Tモノは、新婚旅行なのに、朝起きたら、アタシの部屋で隣に寝てたりして。

笑ってる人がひとりもいない、人民のみなさん、マジだ。

感動した陽朔の市場をブラブラ。もしカメラを持っていなければ、地元の人々の間にすっかり溶け込んでるかも。人民コートのよく似合う筆者。

市場ではいろんなものを売っている。これは、歯を剥いた犬のようにも見える。食文化は、多様でいいのです。

あれから30年以上過ぎても、みんなずっとあのままだよね。

この前、フッコの家で幸福に浸りながら、ふと、そんなことを思ったりもした。

当時、ひょうきん族で流行っていたお面。ブルース・リーの膝に乗る扇を持った楊貴妃は、純子夫人。左のチャイナドレスは、はて、誰だっけなあ。

たしかこの後、公安に追っかけられた人がいた。

 

コメント

  1. N坂 より:

    いえいえそれほどでも。

  2. Sくん より:

    この時はN坂くんももてたよね~

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