話し言葉の乱用が
気になっちゃう
ひげさん(平池直也)
よく言われるんだ「年齢から来るものじゃない?」って。でもね、ちょっと違うのは「30代後半から、もう30年以上続いてる」からね。年齢だけじゃないんだよ「言葉の変化に、待ったをかける癖」は。
◎逆に
松本人志が広め、アンタッチャブルのザキヤマが、テレビで頻繁に使っていた。出演者の話に「逆にね」とザキヤマが相槌を打つ。振られた出演者は「逆じゃないけどなぁ~」って顔をしているが「逆にね、逆に」と、矢継ぎ早に突っ込まれると「まぁ、いいか」と話をすすめてしまう。言うまでもなく「逆に」は、逆接の接続詞だ。内容が「補足」「並列」「順接」では、話がこんがらがる。それでは存在価値を失う。幸いなことに、この「逆に」と、拙者はまだ出会ったことはない。だが、そうでないものもある。
◎あと3ふんで到着します
電車の車内アナウンス。なにぃ~、3ぷんだろうが。阪急電車の社内教育がなってないな……と、それがどうも違うらしい。日本テレビのベテランアナウンサー・井田由美さんが「ふんの波が、ひたひたと押し寄せてきた」と書いている。半濁音は抹消されるの? 小学校で、どう教えているのか、誰か教えてくれぇ~。
◎場の空気を読む
「空気」は気体だから「読めない」ナンちゅう、野暮なことを言うつもりは毛頭ない。「雰囲気」という立派な言葉があるのに、なぜ同意語の「空気」が、ここまで広がったのか。実は「雰囲気が、読めないからだ」という、まことしやかな説がある。「ふいんき」と誤読するらしい。怒っちゃいけない。冷静に大御心でゆったりと漢字を眺めれば「ふいんき」と読めなくもない。マジかよ! そんな理由で「空気」のほうが、世間に支持されちゃったの?
◎あの二人が組んだら、化学反応が起きるかも
バカ言っちゃいけない。起きるわけがない。「ザ・フライ」(ジェフ・ゴールドブラム主演1986年アカデミー賞-メイクアップ賞)じゃないんだから……。「斬新な比喩でいい」って声もあるけどね。「飛躍しすぎじゃないか」って拙者は思う。
◎私って〇〇する人じゃないですか
知らねえよ、そんなこと。さっき会ったばかりじゃないか。酔っ払ってんのか。拙者は透視術や霊感能力は、持ち合わせてねぇんだよ。こないだ、目の前で遭遇して、あんまりビックリしてなにも言えなかったよ。若い人の間では、マジで一般化してるんかなぁ~。
◎感動(勇気)を与える
勝手に与えてほしくねぇんだよ、頼んだ覚えもないし。……しかも見ず知らずの人から。「与える」ちゅーのは、小遣いを親が子供に、餌を飼育員が動物に、だよね。確か、高校野球の選手宣誓あたりが発端だったような気がする。それこそ「上から目線」だよね。こっちの「新語」は、すんなり受け入れられるが。
◎お疲れ様です
これを読んでいる同世代のじじばば殿。思い出してくれ。45年前「お疲れ様」は、こんな雑な使われ方じゃなかったよな。意味のある言葉だった。だが、現代の職場では違う。朝、顔を合わせたばかりなのに「お疲れ様です」と、元気よく堂々と言われてしまう。拙者は「疲れてる訳ねぇ~だろ。今疲れてたら、仕事になんねぇだろうが」って腹の中で毒づいてる。そこから一日中ずっとだぜ。朝は、おはようございます。昼前からは、こんにちは。暗くなったら、こんばんは。「お疲れさまでした」は、普段より荷重な仕事をされた方への、労いの心温まる言葉だった。少し前、缶珈琲ボスのCMで、宇宙人役のトミー・リー・ジョーンズに「この星の住人は、疲れることが嬉しいらしい」と言わせていたが、このCMの構成作家の皮肉には、喝采を送ったよ。誰だよ「お疲れ様」を、「心のこもらない挨拶」にしてしまった奴は。
◎せざるをえない
野党第一党の党首にまでなった枝野幸男君が、国会で「せざる、おえない」と、やってしまった。がっくり来た。とうとうここまで侵食されてしまったのかと。
「せざるを得ない」が、どういう訳だか、「せざる、負えない」になったり「せざるを、負えない」になる事象は、20年以上前からあった。拙者が初めて聞いたのは、ローカルテレビのレポーター。今や、全国放送のキャスターやアナウンサー、識者までもが(もちろん一部だが)使っている。言葉が仕事なのに、いったいどうなってるんだ。頼りはNHKのみ。ところが、最近、とうとうニュースで表出。が、厳密にはキャスターだった、首の皮一枚。さすが最後の砦「NHKアナウンサー」は、まだ汚染されてない。幸いなことにここ1~2年、侵攻速度が鈍化したようにも感じるが、良識が止めていると思いたい。
で、結論だ。拙者は「せざるを得ない、誤用」以外は容認してるんだよ、決して自身は使わんが。言葉は変わるからね。老人だからついてけないだけ。■
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