ちょっとだけ、堅い前置きをします。
我が国の現行法のひとつに、学校図書館法という法律があります。なんとその第3条には、「学校には、学校図書館を設けなければならない」とされ、設置義務があるといいます。また同法第4条の3には、「読書会、研究会、鑑賞会、映写会、資料展示会等を行うこと」とも書かれています。……しまった! 野村川湯小学校は、これまでなにもしてこなかったじゃないか。
……そこで、弟子屈町の教育委員会も関与しない勝手に作った小学校ですが、図書館よりはうんと小振りの、ささやかな「文庫」を、遅ればせながら本HP上に設置することにしました。ただしここでは、当面の間、北海道に関連した書籍・雑誌・新聞・DVDなどしか扱いませんから、念のため。
十勝への情と愛
■「山・原野・牧場」
トモノ(友野 正)
■坂本直行 著
■ヤマケイ文庫(初版/2021年)
坂本直行(1906−1982)Sakamoto Naoyuki
北海道・釧路に生まれる。北海道帝国大学に進学し、山岳部に籍を置く。27年に同大農学実科を卒業。30年から十勝平野で友人が営む牧場にて働く。36年に広尾町の未開拓地に入植する。併せて厳冬期など登山活動も継続して行った。厳しい暮らしのなかにあっても余暇に絵画を描いた。60年、それらの画業が認められ山岳画家に転身し、農牧業からは離れた。
▼あっ、長坂がいた
本書は、昭和初期の、開拓牧場での暮らしぶりを、牧場主である著者が、重労働の合間に綴ったエッセイです。
ほとんど機械化もされず、馬やソリが主な移動手段として活躍し、市街に買い物に出るのは馬に乗って、という時代のこと。十勝の、厳しくも美しい自然や風景、野生動物たちや家畜の個性的な観察姿勢、野の草花への温かな眼差し。牧場を取り巻く人々との、日々のユーモラスな、少し意地悪なやり取りや、その頃の言葉使いなどが、活き活きと描かれていて飽きさせません。
著者である坂本直行の絵は、皆さんも一度は見たことがあると思います。
帯広市の菓子店「六花亭」の包装紙に使われている6つの野の花の絵です。またNHKの朝の連続ドラマ「夏空」(2000年)で絵を描いていた青年のモデルが、坂本直行(「ちょっこう」と呼ばれています)でした。
原野という言葉は、私たちには馴染みが薄いかもしれませんが、本書を読み進めると、当時の帯広(広尾町)の開拓時代の、広大な、荒々しい風景がリアルに迫ってきます。もう今では見られない、馬ソリで雪道を移動する描写なども次々と現れます。きっと、土方さん(佐竹正明)のキャンプ場から見える山並みと、当時、著者が牧場から眺めていた山の姿は、同じものだったのでしょう。
そんな牧場での数々のエピソードは、川湯のレジャー牧場や、大ちゃんの中澤牧場の仕事を連想させてくれます。牧場の使用人のなかには、あっ、長坂がいた、とも思いました。
移りゆく季節と共に、しぶとく、逞しく生きる日々の様子が精彩に書かれており、また、家畜の習性や馬喰の話、兎のカレーライスとか、ウズラの卵の横取りや、熊の強さ・賢さとか、知らないことばかりが描かれていて、強い興味を引かれます。それとともに、坂本直行自身の十勝への温かい情や、深い愛を感じずにはいられないエッセイ集です。
帯広空港近く、中札内村の「六花の森」には、「坂本直行記念館」があります。
この森内には、菓子類の包装紙に描かれ、坂本が絵のモチーフとした草花たちが実際に植えられていて、その時季になれば静かに、美しく咲き乱れています。
次の北海道の旅では、ぜひ立ち寄ってみて下さい。この文庫を、そっとバッグに忍ばせるのを忘れないようにして。■
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