子供の頃、晴れた日には、キリンやネズミの形に似た雲を探して過ごした、なんてことがありませんでしたか? ずーっと飽きもせず、迷いや憂いもなしに。
そのうちに背丈が伸び、声が変わり、胸が円やかにふくらみはじめると、悩みや苛立ちが増えて来る。すると、ひとりになりたくなり、心落ちつける場所を求めたりもして。
静かで、好ましい、お気に入りの場所や、美しい思い出の地が、誰にでもあるはずです。自宅のトイレや、馴染みの店のいつもの席、シーンとした図書館の閲覧室や、近所の公園とか。かつて訪ねた離島や、夜の高速道路のパーキングエリアかも知れないし。
ホッとできるところ、思い出の地、あなたの好きな場所を教えてほしいのです。
端っこの愛おしさ
ミリ(村松美里)
「はい、写真を撮りまーす、みんな、いい顔して」
私はいつも端っこに立つ。
「あっ、そこの小さい人、もっとこっちに。はい、チーズ」
またか、と思いながら渋々、前列の中央辺りに移動し、シャッターが降りる。私は中央が苦手だ。というより、端っこが好きなのだ。
喫茶店の奥の方の、ちょっと薄暗い、壁に寄り掛かることの出来る端っこ。大体この場所はトイレに近いのだが。向こうでコーヒー豆を挽く音がして、カウンターの中のマスターの顔がチラチラと見える、あの辺り。壁に寄り掛かってコーヒーを飲んでいると、食器の音やBGMに混じって、お客の話し声が曲線になって聞こえてくる。自分と外の世界のバランスが何とも心地よい。
電車やバスの端っこは、特等席。ここは人気があるから中々の倍率だ。小学校の遠足の時には、バスの後ろの席は取り合いになったっけ。
端っこは、温かく居心地がいい。色々な景色がよく見える。
日本人は端っこ好きだと、何かのコラムに書いてあった。無意識に安心の場所を求めているのだとか。
劇場の座席の端っこ、図書館の閲覧室の端っこ、宴会の席の端っこ……。席はたくさんあるけど、端っこは数量限定だ。
安心と解放の場所であり、静と動を繋ぐ場所であり、内と外の交流点、端っこは、誰もが知ってる秘密の場所なのだ。
海苔巻の端っこ、たい焼き、カステラ、ピザの端っこ。兎にも角にも、端っこは美味しい。
端っこは愛おしい。■
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